自分の勤務する某私立大学の様子を素材に、アラフォー世代教員の立場から、最近の大学改革の動向や大学教育の在り方について考察するブログ。不定期更新、こちらからの一方的な情報発信のみ。


by gogo0618
昨日、ある研究会がおわったあと、仲間の研究者と忘年会をした。
そこにきていたある研究者は、この数ヶ月間、勤務校の上層部から渡された大学改革関連の文科省や各種審議会の文書や、外部評価にかかわる数々の資料を読むことに追われて、ほとんど研究らしいことは何もできなかったと言っていた。
また、その作業に終われる中で、授業や学生対応も手を抜かずに一生懸命やるなかで、心身ともに疲れはて、今は病院通いを続けているという。

もしも今、すすめられている大学改革が、研究者の力量を高めたり、大学教育の質の向上につながっているのであれば、この人も報われることになるだろう。

しかし実際は、こんな感じで、今の大学改革は、

「本来、個々の研究者の持つ才能やエネルギーを、別のところで消耗してつぶしているだけ」

でしかない。

毎年前期と後期の学期末に配布される、意味もない授業評価アンケート。
外部評価に備えて蓄積される膨大な文書と、その文書づくりのための数々のワーキングチーム、そして、会議・・・・。

「こんなことをするために、研究者は大学に雇われているのではない!」

「アホちゃうか、文科省で大学政策を作ってる連中! そのブレーンになってる連中!」


今こそはっきり、そういわなければならない時期が来たように思う。
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# by gogo0618 | 2008-12-21 09:45 | 私の意見
先日、ちょっとわけあって社会福祉学系、それもソーシャルワーク論系の研究者と交流する機会があった。それで、そのときに、ソーシャルワークがめざすべきものについて、次のようなことが言われていることを知った。

「人権と社会正義は、ソーシャルワークの活動に対し、これを動機づけ、正当化する根拠を与える。ソーシャルワーク専門職は、不利益を被っている人びとと連帯して、貧困を軽減することに努め、また、傷つきやすく抑圧されている人びとを解放して社会的包含(ソーシャル・インクルージョン)を促進するように努力する。」
(国際ソーシャルワーカー連盟の「ソーシャルワークの定義」より)

これを読んで、ふと、思ったことがある。

もしも社会福祉学系の大学・大学院、すなわち、ソーシャルワークの専門職養成を行っている大学・大学院において、たとえば、専任(任期つき採用者含む)の教職員が大学当局のあり方に対して異議申し立ての声をあげられない状態にあったり、あるいは、非正規雇用の形で採用されている教職員が理不尽な形で雇用を打ち切られたりしていたら、その大学のほかの教職員などは、大学当局に対して立ち上がってくれるのだろうか?

こういうときに誰かが立ち上がって、不利益を被っている教職員とともに、大学当局に「おかしい」とものが言えるのであれば、そこで行われているソーシャルワークの専門職養成は「ホンモノ」と言えるだろう。
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# by gogo0618 | 2008-07-14 21:36
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080414-00000046-mai-soci

あの手この手で受験生をかきあつめたうえで、あとから「とりすぎた」とかいって転部をすすめるなんて、いったい、どういうつもりなのか?
自分の大学の設備や教職員数などから見れば、ある程度の線で受験生に合格を出すのはセーブできたはず。
逆にいえば、「とにかく、合格を出してしまえ」というような、安易な受験生集めをした結果が、こういう事態を招いているのであろう。

このように、大手有名私立大学の無原則な「膨張主義」的経営が、あきらかに中小無名私立大学の経営を圧迫しはじめているように思う。

いいかげん、こういうことを平気でやらかす大手有名私立大学には、それ相応のペナルティを課すべき時期だろう。
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# by gogo0618 | 2008-04-14 18:04 | 私の意見