自分の勤務する某私立大学の様子を素材に、アラフォー世代教員の立場から、最近の大学改革の動向や大学教育の在り方について考察するブログ。不定期更新、こちらからの一方的な情報発信のみ。


by gogo0618

<   2007年 03月 ( 4 )   > この月の画像一覧

正直なところ、いま、あちこちの大学で少子化の進展・大学全入時代を前に、いろんな改革が取り組まれていますが、その一方で、「研究ができない教員」も増えています。
これは本人に非があるというよりも、次々に大学をモデルチェンジして、とにかく学生募集のことを真剣に考えたり、あるいはまじめに目の前の学生への対応をしていたりすると、研究に向かう余力がなくなってしまう、という原因によるものです。
要するに、本来であれば大学の教員が研究面にエネルギーを割くべき時間などを学内業務に費やす結果が、こういう形で現れている、ということです。

ただ・・・・、その一方で、少々厳しい言い方かもしれませんが、この手の教員に対して、私は別の思いも持っています。
例えば、大学の専任教員ではなく、非常勤講師のかけもちで食っているような人で、毎年なにか論文を書いたり、研究成果の発表をしたりしている人が、私の身近なところにいます。
こういう人を見ていると、はっきりいって毎日どこかで授業をしていないと食えないわけですから、「よくまぁ、研究成果の発表とか、しっかりやってるなぁ」って思います。
また、私の知り合いには、公立の小中学校や高校の教員で、あるいは地方自治体の職員で、いろんな研究論文や本を書いている人もいます。大学の教員のように一応研究に専念のできる時間が確保されているわけではなく、土曜や日曜ぐらいしか時間の取れない人だと思うのですが、それでも、何か書いているわけですよね。
逆にいうと、研究面で「いたれりつくせり」の環境ではない条件下でも、地道にこつこつ、何かを書いている人がいる、ということです。

そういう人たちのことを考えると、確かに大学改革で、あるいは学生募集の仕事で、いろいろ忙しくて大変だという事情もわからなくもないし、私も「忙しいなぁ」と思ったりもしています。ですが、よくない条件の下でも、なんとかそれを「しのいで」、研究成果を発表していけるような道を探っていくことも、そろそろ必要なのではないかな、という気がしています。
[PR]
by gogo0618 | 2007-03-25 15:43 | 私の意見
前回書き込んだ話の続きのようなものですが、個別のケースをさておき、「一般論」的に「大学教員の採用って、こういう形態が望ましい」ということを書いておきます。とりあえず「公募編」と、「一本釣り編」に分けて書いておきます。

○公募編
 これがどこの大学でもだいたい「一般的」になりつつありますが、少なくとも、次のような条件で行うのがスジでしょう。

(1)最低限、採用後の担当科目、給与・待遇その他勤務条件(例えば任期つきとか、大学近辺居住が条件とか)、採用時に必要な資格要件(学歴・資格や実務経験の有無、年齢など)、採用選考の方法(書類審査と面接など)が具体的に明記された形で、まずは「公募」が行われること。ちなみに、私立大学で宗教系の場合、その宗派との関係(少なくとも、その私立大学と深い関係にある宗派を否定しない考えの持ち主である、ということなど)も、条件に入れておかないとだめでしょう。

(2)また、その「公募」に際して、「採用後、その教員にやってもらいたい職務」が、なるべく具体的に伝わるようにすること。例えば、「各科目の担当のほかに、教務などの学内業務の負担もある」とか、「実習指導に際しては、学外の実習先をまわってもらうことがある」など。

(3)(2)までの「公募」に際しての条件が明確であれば、実は書類審査や面接もわりと「公平」に行うことが可能。というのも、これらの要件をきちっと満たし、勤務条件にふさわしい人物を書類・面接などから浮かび上がらせれば、候補者の絞込みに結果的につながるから。また、(2)までの条件で気になる点などがあれば、面接の段階で採用する側の大学が徹底的に質問等をして、本人に問いただして解明しておくべきでしょう。

(4)逆に、公募での大学教員の採用に「失敗」するとか、何がしかのトラブルが起こるというのは、この(2)までの条件設定があいまいであるとか、(3)で書いたように面接のやり方が悪いとか、(2)までの条件を守る意思が大学側にはないとか、どちらかというと、採用される側よりも採用する大学側の問題、というしかありません。要するに、「自分の大学でほしい人材を見分ける目がない」か、「採用される側との約束を守る気もないひどい大学」かの、どちらかではないか、と思うわけです。

○一本釣り編
 ここで「一本釣り編」と書いたのは、何らかの事情により特定分野の担当教員がその大学で必要になり、公募によらない方法で他の大学等からきてもらうケースを想定しています。
 ですが、この一本釣り編も、原則的には「公募」と同じ手順をふむべきだと私は考えます。
 例えば、一本釣りで呼んでこようと思う教員に求める職務の内容、担当科目、給与・待遇その他の勤務条件、採用時に必要な資格要件などを、実際に「公募」にかけるくらいのつもりで具体化しておきます。
 つまり、その条件に「ふさわしい」という人物を、今回はどうしても逃がしたくない人物がいるので「一本釣り」で呼んできた、ということ。きっと、「公募」にかけても「この人ならOKになっていたはず」という風に、学内・学外に対してそう思わせるくらいの手順をふむべきだ、という風に考えるわけです。
 そして、この「一本釣り」の場合のほうが、「公募」のように条件を示しての選考でない分、上記「公募編」(4)で書いたように、「自分の大学でほしい人材を見分ける目がある・ない」が明確に問われます。採用したあと、「この人採って失敗だった」というのは、採用した側の大学の「人を見る目のなさ」が、「一本釣り」の場合のほうがまともに出る、ということでしょう。

というような次第で、先日書き込んだケースも含め、大学の教員採用人事にまつわる諸問題は、採用される側の問題というよりも、採用する側の各大学のあり方がまともに問われる、ということだと思います。
要するに、学生募集に際してもこのごろは各大学に「アドミッション・ポリシー」(入学者選考の基準など)の具体化が求められるところですが、教員採用についても同じように、「どういう人材がほしいのか?」というポリシーのある・なしが、各大学に問われているということです。
そして、教員採用人事でトラブルを起こしたり、あるいは「この人採用して失敗だった」というのは、その大学の人事に関するポリシーがなんなのかが問われている、ということではないのでしょうか。
[PR]
by gogo0618 | 2007-03-19 08:52 | 私の意見
大学教員の採用にあたって、このごろ、「公募」という方法をとる大学が増えています。
これ、簡単に言えば、各大学がそれぞれに担当予定科目や採用時のポスト(教授、助教授など)、任期つきの有無などの採用条件や、書類選考・面接などの採用手続きを、各大学のホームページや研究者採用情報を掲載するホームページなどで公表したり、あるいは他の大学などに文書を流して、広く教員になりたい人を集めるものです。
もちろん、これ以外にも、例えば特定分野にどうしても強い人がほしいとか、何らかの採用側の大学の事情で、公募によらない形式で新しい教員を採用するケースがあります。
しかし、「教員採用人事の公平性を保つ」という観点から、「公募」という形をとることは、どこの大学でも徐々に増えています。
ちなみに私も、「公募」で履歴書や研究業績書、過去に書いた本や論文などを今の大学に出し、書類選考と面接を通って、採用されています。

さて、「公募」においてやはり大事なのは、その公募時に示した条件をどれだけ採用する側の大学が守るかどうか、ということ。
例えば、「教授または助教授」という扱いで採用をするといっての公募なのに、「専任講師」での採用になるという話があれば、それは「約束に反する」といってもおかしくないでしょう。
あるいは、任期のない(つまり定年まで雇用される)という条件で公募したのに、採用時に「任期つき」にするという話が出てくれば、これも「約束に反する」というしかありません。
まぁ、ふつう、新規採用者にこういう約束違反みたいなことをやる大学って、あまり考えられないのですが。

しかし、私の身近に、こういう約束違反を平気でやってのけた某私立大学があります。
つまり、「教授または助教授」で「任期のない」採用という形で公募をかけておきながら、採用予定者が決まった段階で、あとから大学の要職にある人間がでてきて、この3月のギリギリの段階になって、「任期つきの専任講師で採用を」というような話をした私立大学がある、ということです。
しかも、年度末ぎりぎりになっての採用選考で、いくつかの大学の非常勤講師のかけもちで食っていたような人を、その非常勤の仕事を断らせた上で、こういう対応をしたわけです。

もちろん、学生募集で経営が苦しいとか、大学側にはそれなりの事情があるのでしょう。
しかし、だとしたら採用面接時などに「場合によればこういう契約になりうることもある」という話をするべきでしょうし、あるいは、最初から公募の段階で「大学の事情によっては採用形態の変更もありうる」と明記しておくべきでしょう。

いずれにせよ、採用予定者に対して、こういう大学の扱いは失礼だし、理不尽です。
また、その採用予定者の方が、いくつかの大学などで非常勤講師をしていて、その話をことわって当該の私立大学の採用選考に応募している以上、その人の生活保障をきちんとこの大学は考えるべきです。
そして、その採用予定者の方が非常勤で来てくれるという前提で、年度末ぎりぎりまで、他の大学はカリキュラム編成などを考えていたわけですから、実はこの私立大学、他の大学にも多大な迷惑をかけています。そのことも忘れないでほしいです。

いったい、どういう人事計画をもっているのか。
いったい、どういう大学経営の方針をもっているのか。
その方の話を聞くたび、私は「こんな教員採用のあり方、おかしい!」といわざるをえません。
[PR]
by gogo0618 | 2007-03-17 09:55 | 私の意見
前に一度、閉鎖をしようとは思ったものの、なかなか古い自分の書き込みを消すのに勇気がいって、「とりあえず非公開」の状態でこのブログをおいたままにしていました。
それで、ひさびさにアクセス状況をみてみたら、中身を非公開にしているにもかかわらず、連日、相当な数のアクセスがこのブログにあることがわかりました。
これをみて、「とりあえず、今まで書いたものを再び公開にするのはやめておくけれども、今後も気が向いたら、日々の大学での仕事のなかで感じたことを書き綴ってみようかな?」という気がしてきました。
このような次第で、これからもトラックバック及びコメント不可の状態ですし、いつやめるかわかりませんが、「気が向いたときだけ」なにか書き込むことにします。
わがまま、気ままなブログですが、それでもよければお付き合いください。
[PR]
by gogo0618 | 2007-03-16 21:08 | 雑感