自分の勤務する某私立大学の様子を素材に、アラフォー世代教員の立場から、最近の大学改革の動向や大学教育の在り方について考察するブログ。不定期更新、こちらからの一方的な情報発信のみ。


by gogo0618

カテゴリ:私の意見( 25 )

大学教員の採用にあたって、このごろ、「公募」という方法をとる大学が増えています。
これ、簡単に言えば、各大学がそれぞれに担当予定科目や採用時のポスト(教授、助教授など)、任期つきの有無などの採用条件や、書類選考・面接などの採用手続きを、各大学のホームページや研究者採用情報を掲載するホームページなどで公表したり、あるいは他の大学などに文書を流して、広く教員になりたい人を集めるものです。
もちろん、これ以外にも、例えば特定分野にどうしても強い人がほしいとか、何らかの採用側の大学の事情で、公募によらない形式で新しい教員を採用するケースがあります。
しかし、「教員採用人事の公平性を保つ」という観点から、「公募」という形をとることは、どこの大学でも徐々に増えています。
ちなみに私も、「公募」で履歴書や研究業績書、過去に書いた本や論文などを今の大学に出し、書類選考と面接を通って、採用されています。

さて、「公募」においてやはり大事なのは、その公募時に示した条件をどれだけ採用する側の大学が守るかどうか、ということ。
例えば、「教授または助教授」という扱いで採用をするといっての公募なのに、「専任講師」での採用になるという話があれば、それは「約束に反する」といってもおかしくないでしょう。
あるいは、任期のない(つまり定年まで雇用される)という条件で公募したのに、採用時に「任期つき」にするという話が出てくれば、これも「約束に反する」というしかありません。
まぁ、ふつう、新規採用者にこういう約束違反みたいなことをやる大学って、あまり考えられないのですが。

しかし、私の身近に、こういう約束違反を平気でやってのけた某私立大学があります。
つまり、「教授または助教授」で「任期のない」採用という形で公募をかけておきながら、採用予定者が決まった段階で、あとから大学の要職にある人間がでてきて、この3月のギリギリの段階になって、「任期つきの専任講師で採用を」というような話をした私立大学がある、ということです。
しかも、年度末ぎりぎりになっての採用選考で、いくつかの大学の非常勤講師のかけもちで食っていたような人を、その非常勤の仕事を断らせた上で、こういう対応をしたわけです。

もちろん、学生募集で経営が苦しいとか、大学側にはそれなりの事情があるのでしょう。
しかし、だとしたら採用面接時などに「場合によればこういう契約になりうることもある」という話をするべきでしょうし、あるいは、最初から公募の段階で「大学の事情によっては採用形態の変更もありうる」と明記しておくべきでしょう。

いずれにせよ、採用予定者に対して、こういう大学の扱いは失礼だし、理不尽です。
また、その採用予定者の方が、いくつかの大学などで非常勤講師をしていて、その話をことわって当該の私立大学の採用選考に応募している以上、その人の生活保障をきちんとこの大学は考えるべきです。
そして、その採用予定者の方が非常勤で来てくれるという前提で、年度末ぎりぎりまで、他の大学はカリキュラム編成などを考えていたわけですから、実はこの私立大学、他の大学にも多大な迷惑をかけています。そのことも忘れないでほしいです。

いったい、どういう人事計画をもっているのか。
いったい、どういう大学経営の方針をもっているのか。
その方の話を聞くたび、私は「こんな教員採用のあり方、おかしい!」といわざるをえません。
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by gogo0618 | 2007-03-17 09:55 | 私の意見
これは、私が知っている某大学の話です。
その大学にいる某教員ですが、正直、「もう、早く休んだほうがいいんじゃない? これ以上、仕事を続けるのは限界だよ」って思う人がいます。
以下、仮にA氏とします。

このA氏、かつては大学改革の先頭を切って、いろんな役職について、がんばってきました。そのときのA氏の奮闘ぶりそれ自体については、批判しようとも思わないし、「ほんとうにごくろうさま」というしかありません。
しかしそのA氏、今は学内での役職からはずされて、一ヒラ教員として仕事をしています。
まぁ、それも大変残念なことですが、私は「やむをえないな~」と思うところもあって、一時期は「なんとか、復活のチャンスがあればなぁ」と思ったりもしていました。

でも、もう、このA氏に関する情報をいろんなルートから見聞きするたび、今となっては「はやいこと、大学の教員自体、辞めたほうがいいんじゃない?」「少なくとも、思い切って大学をしばらく休んだほうがいいんじゃない?」って思ってしまうようになりました。

というのも、やっぱり、間接的に聞いている情報では、この数年間の大学改革の仕事を熱心にやりすぎたせいか、心身ともにつかれきっていて、A氏は授業に出てくるのもやっと、という様子が伺えるらしいのです。
「そんなにカラダもココロもつらいなら、せめて半年、できれば1年間、Aさん仕事休んだら?」「あんたの担当科目、1年くらい代打でやってくれる教員、いるだろ~」と言いたくなるんですが・・・・。

それから、そんなA氏の疲れきった様子を見ていて、学生たちが動揺しているらしいです。
その話を聞いていて思うのですが、「この先生、先々倒れるんじゃないか・・・・」と思いながら日々のゼミ指導などを受けている、その学生にしてみても、A氏が心身ともに疲れてきってる状態って、よくありません。
そして、その疲れきったA氏が何かあるたび、学生を前に感情的に不安定になってみたり、あるいは、「俺は早いことサバティカル(研究休暇)に出る」というようなことを口走ったりなんかすると、余計に学生たちは不安に感じるでしょう。
おまけに、こんなに疲れた状態でいるならば、おそらく学内の諸会議にも出られないだろうしし、その分、情報や認識の共有にズレができるから、まわりの教職員との関係もギクシャクしてくるんじゃないでしょうか。
そして、一時は脇で見ていて、「この大学を日本一にしたいんや」などと豪語していたA氏の姿を知っていると、私が間接的に聴く今のA氏の姿はほんと、やつれはて、落ちぶれたなあっていう印象を持ってしまいます。

そんな、ある意味で「みじめ」な状態になっても、このまま仕事を続けさせているのがいいのかどうか。ご本人も、そこまで疲れきっているにもかかわらず、相変わらず授業やゼミなどを抱え込んでいる、それでいいのかどうか。そして、A氏自身が「休みたい」と率直に自分の実情をまわりにつたえ、周囲の教職員や学生の理解を得て休まないでいいのかどうか。もっというと、これからこの大学で仕事を続けるだけの気力・体力が残っているのかどうか・・・・。

そんなことが、どうしても脇でA氏の話を聞いていると、気になってきますね。
そして、教員をこんな状態に追い込むような、そんな大学改革のあり方がほんとうにいいのかどうか。結果的に、大学にとってマイナスにしかなってないんじゃないかと思えてくるわけです。
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by gogo0618 | 2006-04-23 10:48 | 私の意見
前々回のこのブログにも書きましたが、ほんとうに各大学で進んでいる「嘱託」や「契約」という形での事務職員の雇用、これをなんとかしないといけないのではないか・・・・という気がしています。
こういった雇用形態があること自体を全部ダメという気はないのですが、その雇用形態を大学経営者が「乱用」して、「人の使い捨て」みたいなことをするのだけは、やっぱり許したらいけないのではないか、という気がするのです。
例えば、これは他大学で「嘱託」の事務で勤務していた私のある知人の例ですが、そこの大学での正規職員としての雇用の話をダメだと言われ、その上で嘱託としての雇用期間の打ち切りも、契約の切れる1ヶ月前ぎりぎりの段階で言われたため、この春から「失業」ということになってしまいました。
もちろん、この人の場合、1ヶ月前に言えば契約を打ち切れるという、そういう契約であることは確かに嘱託採用時の契約書には書いてあったらしいので、これは完全に非合法とはいえないのでしょう。
でも、道義的に見て、こんな形で契約を打ち切られたら、この嘱託勤務の知人、今月からどう暮らしていけばいいんでしょうかね。少なくとも、正規雇用をする意志と同時に、嘱託としても来年度の契約の意志がないこと、それはもっと前から言わなければ、この人の生活設計、ぐちゃぐちゃになってしまうでしょう。
しかもこの人、1年そこそこでこんな話になるのではなく、3年も4年もここで嘱託として勤務していてこの扱いですから、「まじめにやるだけ、ここの大学では、嘱託や契約職員なんていう形態で働くのは損」ということになりかねません。ほかの同様の雇用形態の人たちの「やる気」にも、多大な影響が生じるんじゃないでしょうか? 経営的に見ても、そうなったらマイナスのはずです。
そして、この知人が3年も4年も働いているということは、大学経営者側も、その人の実力を認めているということなのでは? だとしたら、なぜ「嘱託」から「正規雇用」ができないのでしょうかね? この雇用打ち切りに、どういう合理的根拠があるのか、よくわかりません。
私には、どう考えても、知人からの話を聴く限り、この大学の事務系スタッフの雇用のあり方、おかしいとしか思えないんですよね。というか、「こんな人事管理していたら、この大学、教員よりも前に、事務方から経営が崩壊するんじゃない?」って思ってしまいます。
そして、これはあくまでも他大学の知人の例ですが、そんな兆候が私の勤務する大学にも見え隠れしはじめているとしたら・・・・、考えただけで、先々、ぞ~っとします。
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by gogo0618 | 2006-04-21 23:47 | 私の意見
私はこのごろ思うのですが、ほんとうに日本の大学の教育・研究を充実させ、活性化させるためには、「この十数年進めてきた大学改革自体を一度、ストップさせること」が必要なのではないでしょうか。

例えば、少子化という状況や、教育・研究に関する国家的な補助金の配分などを通じた「競争的な環境」が、各大学における改革の動きを刺激している面は確かにあると思います。
ですが、その環境のなかで「競争」を「生き残っていく」のは大手の私立大学や旧国公立大学系のところくらいでしょう。
しかし、よく考えてみたらわかると思うのですが、教育・研究の分野によっては、「1年や2年という単位で成果のでないような分野」だってあるはずです。
例えば古典文学や思想、古代史や中世史などの分野は、もともとが相当昔の文献の解読を手がかりにしながら進む分野ですから、「1年や2年」という単位で「研究・教育の成果」を評価し、それによって「競争」的に研究資金を配分するということ自体になじむ分野なのかどうか。
あるいは、今「導入教育」といった試みを進めている大学があちこちにありますが、あれって、やればやるほど、かつて「大学1・2回生の教養教育」を担っていた「一般教養科目」とか「教養部」が果たしてきた役割、これを見直さないといけなくなってくるんじゃないでしょうか。
そんなことを考えていると、「この十数年、取り組まれてきた大学改革って、ほんとうに大学の教育や研究を活性化するものになっているのか? むしろ、分野によってはマイナスの効果しか生んでいないのではないか」という疑問すらわいてきます。

おまけに、このまま改革が進んでいくと、例えばある中小私立大学などは、昨日書いたような事務系スタッフの「不安定雇用」をもたらしたり、あるいは、教員の「多忙化」傾向をもたらすだけに終わってしまい、結局「みんなヘトヘトになって、何も残らない」というだけになりそうな気がします。実際、これはうちの大学のことではないですが、この何年も大学の学内業務に追われて自分の研究や授業準備に手が回らなくなっている同世代の教員もいれば、あまりに酷使されすぎて心身をすり減らし、長期休養を余儀なくされている教員もいます。
あるいは、「競争」に「生き残った」という大手の私立大学や旧国公立大学系のところでも、その大学間での「競争」に教職員が疲弊して、研究や教育面で余力がなくなるということも出てくるのではないでしょうか。

そうやって考えていくと、このままでは短期的には「競争」的な大学施策の導入が各大学の経営を活性化するかもしれませんが、長期的に見たら大学で働くあらゆる職種・雇用形態の人々(教員・事務系スタッフ、専任・契約職員・非常勤等々に関係なく)を疲弊させるだけで、結果的にはかつてよりj教育や研究の質・量ともに低下するということになりかねません。
それでも、今のような改革をすすめていくことが、ほんとうに日本の大学における教育・研究の充実という観点から見て妥当なのかどうなのか。私はやっぱり、疑問を感じてしまいます。
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by gogo0618 | 2006-04-18 13:08 | 私の意見
たぶんいまはどこの大学にもいるのでしょうが、事務系の仕事をしているスタッフのなかに「契約職員」という形で雇用されている方がいらっしゃると思います。
要するに、この契約職員というのは、1年とか3年とか雇用期間を決めて、教務や入試広報、奨学金事務、国際交流など、ある職場で事務スタッフとして勤務するという方ですが。
もちろん、うちの大学の場合、契約職員としての採用後の雇用状態と大学側の意志、本人の希望などによっては、この雇用期間の延長もあるだろうし、事務職員としての正規雇用への道も開かれてもいます。
あるいは、場合によれば、うちの大学もそうですけれども、「人材派遣」の会社から窓口対応のスタッフを送り込んでもらってるという大学もあるかもしれません。

ただ、私が思うに、正直「こういう契約職員とか派遣職員という雇用を多様すること。これは私立大学における人件費減らしという観点から見たら、短期的には合理的かもしれない。だけど、長期的に考えたら、こういった雇用形態による職員配置は、大学経営や教育・研究を事務方から支える貴重な人材を育てようとする気を経営者側がないことを証明しているともいえるのではないか?」と思ってしまいます。
本気で大学を長期的に存続させていくことを考えたら、教員同様、事務系スタッフだって「将来、大学の核になる人材」を現場で鍛えながら育てていくことが必要不可欠なはず。特に中小私立大学の場合は、そういった「経営側の核」になる事務スタッフがいるかどうかで、大学経営が傾くかどうかまで左右されるはずです。

ところが、ひどい話なんですが、私の勤務する大学には、「課長」だけが正規職員で、あとはみんなこの「契約職員」もしくは「派遣職員」というような部門が、何ヶ所かこの春からできてしまいました。これって、「人件費削減」という短期的な経営努力という意味ではいいのかもしれませんが、長期的に見れば「こんなことをやってれば、大学なんて存続しない」という風にしか思えません。本気で大学を長期的に維持する気、あるんでしょうかね?
しかも、ある部門では、この4~5年、その部門の中核を担ってきた契約職員の方を正規採用にまわさず、逆に「契約期間満了」を理由に雇用を打ち切ってしまう、なんていうことをやっています。いくら規定どおり、あるいは契約どおりに対応するのがスジとはいえ、一生懸命仕事をしてきた本人にとっても、大学にとっても、こういうことが「大きな損失になる」とは経営陣が思わないのだとしたら、相当にイカレているとしか思えませんね。
まともにものを考えている、少なくとも何か将来展望を持って経営をしている私立大学であれば、たとえ契約職員や派遣職員を導入したとしても、基幹部分を担う職員には正規雇用の人をもってきて、きちんと人材を育てていこうと思うでしょう。また、契約職員や派遣職員のなかで「この人はぜひ・・・」と思う人は、自分の大学で正規雇用をするのではないでしょうか。

正直、こういう事務スタッフの体制整備のあり方を見て、私は教員の立場ではありますが、「この大学、本気で将来的に存続しようという気があるのか?」という思いとともに、「事務系スタッフはほんとうにかわいそうだ」という思いがしてなりません。
どうにかして、大学の事務系スタッフが、たとえ契約や派遣という雇用形態を当面とらざるをえないのであったとしても、「誇り」を持って働いていけるような、そんな職場環境を作りたいと思ってしまいます。
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by gogo0618 | 2006-04-17 19:12 | 私の意見