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自分の勤務する某私立大学の様子を素材に、アラフォー世代教員の立場から、最近の大学改革の動向や大学教育の在り方について考察するブログ。不定期更新、こちらからの一方的な情報発信のみ。


by gogo0618

カテゴリ:私の意見( 25 )


約1年近く、更新が途切れておりました。たいへん申し訳ありません。
また、その間もアクセスしてくださったみなさん、ほんとうにありがとうございます。
これからまた、徐々に更新を再開していく予定です。
今後ともよろしくおつきあいください。


さて、久々の更新で書く内容は、わが大学の最近の様子から。

わが大学にも非常勤講師や嘱託の事務職員等々、「非正規」での雇用形態の人々が数多くいる。
その人たちが最近、徐々に集まって「組合」を形成し、理事会と雇用条件の向上を目指して交渉を始めたようである。
その様子が「組合ニュース」などの形で時々、私のところにも届くようになった。

「専任」の立場である私も、基本的にこの「非正規」雇用の人たちの問題に関心を持ち、できることなら支援をしたいと思っている。
なぜなら、「彼ら・彼女らなしには、この大学、まわっていかない」部分が多々あるからであり、「この人たちのなかには、『なぜ専任職員(教員)にしないのか?』と思う人も多々ふくまれている」からである。

と同時に、「非正規」の人たちががんばっている姿を見れば見るほど、あらためて、うちの大学にある「専任だけ」の教職員組合にも、「そんな運動でいいのか?」と思ってしまうことが多々でてきた。
本来であれば、雇用形態や賃金その他の問題について、「非正規」の人たちの組合を「専任だけ」の組合も積極的に支援すべきである。
でも、そういう組合の運動形態に、いまだになっていない。
いつまでたっても、専任教職員の賃金体系の改訂問題にばかりこだわって、理事会と団体交渉を重ねている。
「そんなんじゃ、ダメだろう」と思ってしまう。

今、問われているのは、専任か非正規雇用かに関係なく、「この大学で働くものどうしの連帯を培うための雇用形態、賃金体系がなんなのか?」を、我々の側から明らかにして、理事会に対してつきつけていくことのように思う。
そのときには、非正規雇用の人たちの条件を改善するために、専任である我々が少々、がまんするべきことはがまんする、そういう必要がある場面もあるだろう。
また、そこまでして非正規雇用の人たちを切らずに、守ってくれようとがんばる専任教職員の組合であってこそ、非正規雇用の人たちの組合も支持してくれるのではないか。

にもかかわらず、上で述べたような状況である。
しかも・・・。そうやって理事会と団体交渉を続けているさなかに、今、委員長をしている専任教員が、割り増し退職金をもらって、定年まで何年か残して、今年度末で早期退職をするとか。
そのことを年末に聞かされて、私は唖然とした。

もちろん、個人の自由という観点から見れば、そういう選択肢があってもいいと思う。
しかし、専任教職員の雇用条件や賃金を守るために理事会とぶつかりあっている最中に、「自分はさっさと、割り増し退職金をもらって、定年まで何年か残してやめていくような、そんな委員長」を抱えた組合が、はたして他の教職員から信頼されるのかどうか。

「委員長として定年までとことんまでたたかうか、せめて委員長を降りてから早期退職するといえよ」といいたい。
「だから、うちの専任教職員の組合はダメなんだ・・・」と思ってしまう出来事だった。
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by gogo0618 | 2010-01-10 21:30 | 私の意見
昨日、ある研究会がおわったあと、仲間の研究者と忘年会をした。
そこにきていたある研究者は、この数ヶ月間、勤務校の上層部から渡された大学改革関連の文科省や各種審議会の文書や、外部評価にかかわる数々の資料を読むことに追われて、ほとんど研究らしいことは何もできなかったと言っていた。
また、その作業に終われる中で、授業や学生対応も手を抜かずに一生懸命やるなかで、心身ともに疲れはて、今は病院通いを続けているという。

もしも今、すすめられている大学改革が、研究者の力量を高めたり、大学教育の質の向上につながっているのであれば、この人も報われることになるだろう。

しかし実際は、こんな感じで、今の大学改革は、

「本来、個々の研究者の持つ才能やエネルギーを、別のところで消耗してつぶしているだけ」

でしかない。

毎年前期と後期の学期末に配布される、意味もない授業評価アンケート。
外部評価に備えて蓄積される膨大な文書と、その文書づくりのための数々のワーキングチーム、そして、会議・・・・。

「こんなことをするために、研究者は大学に雇われているのではない!」

「アホちゃうか、文科省で大学政策を作ってる連中! そのブレーンになってる連中!」


今こそはっきり、そういわなければならない時期が来たように思う。
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by gogo0618 | 2008-12-21 09:45 | 私の意見
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080414-00000046-mai-soci

あの手この手で受験生をかきあつめたうえで、あとから「とりすぎた」とかいって転部をすすめるなんて、いったい、どういうつもりなのか?
自分の大学の設備や教職員数などから見れば、ある程度の線で受験生に合格を出すのはセーブできたはず。
逆にいえば、「とにかく、合格を出してしまえ」というような、安易な受験生集めをした結果が、こういう事態を招いているのであろう。

このように、大手有名私立大学の無原則な「膨張主義」的経営が、あきらかに中小無名私立大学の経営を圧迫しはじめているように思う。

いいかげん、こういうことを平気でやらかす大手有名私立大学には、それ相応のペナルティを課すべき時期だろう。
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by gogo0618 | 2008-04-14 18:04 | 私の意見
以前、http://gogo0618.exblog.jp/6613509/で、採用される側にとっては大変理不尽なやり方で教員採用を行なった大学の件を紹介しました。
今日は、その大学でそのとき採用された教員たちに関する「続報」です。

当初は専任教員として長期雇用を前提に公募しておきながら、いざ実際に採用するときには2年の任期つき教員として採用するという、きわめてタチの悪い採用を行なったこの大学。
今度は、その2年の任期切れを前にして、このとき採用した人たちに「大学教員は研究が重要」とかいいながら、大学側から「今年夏に業績審査をする。1年に3本の論文くらい書けないと・・・・」というような話をしたそうです。
結局、その条件をクリアした人のみ、任期継続ということになるんでしょう。

しかし、このとき採用された任期つき教員たちは、実質的にその大学で所属する学部・学科やコースの運営の重要な部分を担いつつ、授業負担も相当あり、論文を書く時間などあまりとれないという人ばかり。
だから、この大学側のやりくちは、いかにも「契約を継続する意志はありますよ」というポーズを示しながら、事実上「あなたたちの継続って、まず無理だから、夏以降さっさと次の行き先探しなさい」といっているようなものです。
それでも、仕事を続けたいと思う任期つき教員は、授業負担や学内業務の負担にあえぐなかで、研究業績をあげなければいけない・・・・。

私の印象では「これって、パワーハラスメントとちがうのか? こんな教職員の人事管理、許していいのか?」といいたくなります。

だから、この大学に対しては「大学の経営側も問題だが、こういう経営陣を許し、こんな人事管理に悩む同僚に見てみぬふりをしている、ほかの専任教員も問題だ!」といいたくなります。

<追記>
下記のサイトも、参考にしてください。あちこちの大学で、教員の雇用をめぐって、トラブルが生じていることがわかります。
http://university.main.jp/blog/
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by gogo0618 | 2008-04-13 10:05 | 私の意見
私の勤務校にも、教職員の労働組合がある。また、個人的には、今の私たちの勤務環境の改善だとか、教職員の雇用をめぐっておかしなことを経営者にさせないためには、大学教職員の労働組合運動の活性化に、おおいに期待しているところがある。
しかし、自分の勤務校の労働組合に対しては、このところ、「おいおい、このままでいいのか?」と思う気持ちしかわいてこない。もちろん、今のままの組合であれば入りたくはないし、むしろなかまにあちこちから集まってもらって、学内にもっと「ラディカル」な「第二組合」をつくろうか、と思ってしまう。
その理由は、次のとおりである。

(1)今のうちの組合の出す文書を読む限り、大学内に多くの非正規雇用職員、たとえば「嘱託」という形で有期雇用されている人や、非常勤講師、パート、アルバイトなど、専任教職員並みの仕事をしていながら、不安定雇用の状況にある人たちに対して、あまり考慮がなされていないように思うこと。

(2)同じく、今のうちの組合の出す文書は、年齢の高い層の賃金上昇抑制といった、経営陣の給与体系改革に対する不満をぶちまけるようなものばかり。だが、(1)で述べた非正規雇用職員の立場から見れば、「それって自分たちの既得権守るための主張でしょ?」という感じにしか見えない。

(3)さらに、組合のメンバーのなかに、私と同世代や少し年長の世代、つまり30~40代の教職員は、専任であったとしても入っていない。学内で授業に研究に、大学運営の仕事にと、事務職員も含め、専任教職員で一番、仕事の負担をかぶり、しかも給料もそれほど多くない層の意見を、この組合は全くと言っていいほど、吸収できていない。その分、余計に「自分たちの既得権守るための主張でしょ?」に組合の主張が見えてしまう。

(4)たとえ給与体系が今のままであったとしても、働く環境の改善、たとえば事務系職種の残業を減らすとか、休日出勤の回数を減らすとか、あるいは、休暇を取りやすくしたり、自分たちの仕事に対する意見が経営にきちんと反映するとか、そういう形で組合が取組むべきことが多々あるはず。
 教職員の労働条件についても、たとえば、3年たったらすぐ見直すような目先をごまかすためのような改革案づくりのために、会議をひんぱんに開いたり、書類をやたらと書かされたりするような、そんなことをできるだけ減らすことに取組んで、「同じ額の給料であっても、より働きやすい環境をつくる」という方向で取組むことは多々あるはず。
 しかし、この組合は、そんなことに全く取組もうという気持ちはない。少なくとも書かれたものを見る限り、この組合の主張は、給与体系の改革に対する不満をぶちまけるのと、そのことで経営陣を突っ込むのと、そのくらいしかない。

(5)考えてみれば、この組合、私らよりも年長者で、授業負担や学内業務もさほどなく、給料も私らよりはるかに高い専任教職員が中心。
 また、給与面で活動しても勝ち取れたものはなくても、たとえば職場環境面でより働きやすい環境をつくることに成功して、着々と「組合は頼りになる」という意識を他の教職員(非正規雇用者含む)に定着させる道もあるはずだが、それもしない。
 この組合の主だったメンバーが、賃金上昇の抑制とか、「肩たたき」の危機とか、自分たちがいわゆる「リストラ」されそうな危険性を感じていることはよくわかるし、そのことに対してとりくまなければいけないことは重々承知している。
 というか、一教職員としてみても、「そういう話の進め方はまずいだろう」と思うような経営陣のあり方もあるので、組合の言っていることが全部、ダメというわけではない。
 しかし、組合の活動が自分たちだけの問題だけに取組んでいたり、自分たちの既得権を守るためだけの取組みのように、他の専任教職員、非正規雇用の職員たちに見えてしまうような、そんな組合活動のしかたは、はっきりいって「マズイ」。誰もそのうち、支持しなくなってしまうのではないだろうか。

こんなこともあって、今のうちの大学の組合には、正直なところ、「入ろうという気持ちすら起きない」というのが現状である。
しかし、だからといって、大学教職員の労働条件の改善に向けて、組合活動の重要性を否定しているわけではない。そのことは、私の今書いた文章を見てもらえればわかると思う。

要するに、「同じ教職員として働く仲間をどの範囲まで考えているのか」ということと、また、「働く条件の改善のなかに、給与問題だけでなく、職場環境の改善まで含めて考えられるのか」という、「大学教職員の組合運動でいま、何を大事にするのか?」という次元で、とても「今ある組合にはついていけない」と思っているだけのことである。
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by gogo0618 | 2008-03-23 07:39 | 私の意見
どうやら最近では大学の外部評価の基準のなかに、「厳格な成績評価」というものも含まれているようで、それに対応して、例えばシラバスを書くときに「出席何%、テストやレポート何%で評価する」とか、具体的に評価基準を書けとか、事務サイドから私ら教員に求められることが増えました。
しかしながら、どういう厳密な基準を設定したとしても、学生側は「ウラ」をかきます。
例えば一時期、「出席重視」で私の担当する講義系科目は成績評価をしていたことがありますが、その出欠の確認を「コメントカードの提出」で行うことを知った学生は、友だち間で適当にコメントカードの「代筆」をして授業をすっぽかしたり、あるいは、コメントカードを配る時間ギリギリに入室し、それをもらったら誰かに名前と学籍番号を書いて渡し、あとは部屋を出るか寝るかをするようになりました。
いまどきの学生であれば、ケータイ電話をつかって授業中に連絡をとりあい、コメントカードに何をどう書くかということくらい、お互いにすぐ情報交換ができるでしょう。とするならば、この手の方法で出欠を管理して厳密な評価を・・・・といっても、それはやってる大学教員側の自己満足に終わるような気がしてなりません。
だから、出欠確認をきっちりして、出席重視で評価をするということが、必ずしも「厳格な成績評価」につながるかというと、「必ずしもそうとはいえない」というのが私の結論。
むしろ、「テスト一発勝負」で評価するといい、「何を出題するかわからない」という姿勢で、学期末のテスト期間まで何が出題されるか、どういう方法でテストをするかなど、出題の傾向等を一切いわず、しかも、情け容赦なくテストの点数で単位を落とす学生を決めていく。
これのほうが、今の学生にとっては「厳格な成績評価」かもしれません。
特に、単位の比較的とりやすい「楽勝科目」ばかりを履修登録し、ロクに授業も出ず、友だちを頼って単位を集め、大学に来て何かを学んだという形跡の全く見られない学生にとっては、このやり方のほうが「しんどい」はずです。
そして、本気で学生たちに「自分らでしっかりと授業に出て、勉強しなければいけない」という自覚を促すためには、時にはこういう手法を使うことも必要ではないか、という気がしています。
「厳格な成績管理」の前に、私たちの担当科目を、学生たちから「楽勝科目」と見られないようにする工夫がまずは必要なのではないでしょうか。そして、そのことは、「出席何%」というような単位認定条件をシラバスに明記するとかしないとかいうような、そんなこととは少し次元の異なるもののように思うのですが。
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by gogo0618 | 2008-01-03 00:27 | 私の意見
また毎年、正直なところ「ウザイ」時期がやってきた。
何がウザイかというと、授業評価アンケートである。

最初に断っておくが、別にアンケートを「とるな」というつもりはない。

ただ、「なんのためにこれやってるのか、よくわからない」にもかかわらず、毎年、ある時期になると「やらねば」ということで授業時間がとられ、その準備に教員や事務職員の手間がとられ・・・・。

まるで、「やること自体が目的」のような授業評価アンケートのような気がして、「だったらやめろ」と言いたくなるのである。

正直、数年前、たったひとり~せいぜい数人しか受講生のいない大学院生のゼミ、大学院の講義科目にまで、授業評価アンケートの実施を求められたときには、「ええかげんにしろよ」と思った。
また、アンケートはもともと調査方法として、受講生が一定数(例えば100人以上、せめて30人以上)いるケースには適切かもしれないが、例えば学部生の卒論ゼミのように10人くらいしかいないケースなんかで「やる意味があるのか?」と思ってしまう。

おまけに、きちっと授業評価アンケートをとって、その結果を例えば大学のカリキュラム改善に反映させたり、教員のFD活動に役立てたり、さらには(こういう趣旨でのアンケート利用には賛否両論あるし、私自身も複雑な思いがあるが)教員の教育実績の評価に使うというのであれば、まだ私にも理解できる。

しかし、毎年、分厚い電話帳のようなアンケート報告書をつくるだけつくって、それでおしまい。
あの膨大なアンケート実施に向けての教員・事務職員の労力をつぎ込んで、電話帳のような報告書を1冊つくったらそれでおしまいというのなら、「その労力を日々の授業改善、研究の仕事につぎ込んだほうがまし」と思ってしまう。

要するに、「大学としてどういう教育改革をしたいのか?」とか、「これからどんなカリキュラム改善をしたいのか?」、はてまた「どんなFD活動をしたいのか?」という理念も展望もないなかで、ただ「アンケートだけとっている」というのは、時間と労力と紙と予算のムダ以外の何者でもない、と思うのである。

こういうバカげた仕事に大学の教員・事務職員の労力を使わせない。それも立派な大学改革だと思うのだが。
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by gogo0618 | 2007-12-15 21:10 | 私の意見
私の勤務校では、もうすぐ後期の授業がはじまる。
前期終了が7月末で、来週から後期の授業開始ということは、ほとんど公立小中学校の夏休み期間と変わらない。
そうなると、だいたい7月末~8月1週目あたりが、前期の成績提出等の後始末的な仕事でおわり、お盆休みをはさんで、8月末の週からは後期の準備等の仕事で追われることになる。
その間に、後期の授業準備のために文献・資料を読み込んだり、レジュメやパワーポイントの中身を考えたりする余裕は、思うほどない。
ましてや、まともに調査研究を行ったり、自分の論文を書いたりする時間は、このごろ、夏休みにはほとんどとれなくなった。
こんな感じで、大学教員が夏休みをしっかりとれるというのは、「今は昔」という感じである。
もちろん、中小企業労働者と比べてどうか、公立小中学校の教員と比べてどうかということはあるのだが。
しかし、こういうことを続けていれば、確実に大学の授業内容が質・量ともにレベル低下するし、研究活動も不活性状態に陥り、結果的に日本の学術水準は低下する。
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by gogo0618 | 2007-09-06 18:33 | 私の意見
今年、少なくとも私はお盆休み+数日程度しか、夏休みがとれそうにありません。
その理由は、
(1)前期の授業期間をきっちりと15回キープすることによって、授業期間が7月末まで延びた。
(2)授業期間が終わったら、オープンキャンパスなどの入試関連のイベントで、8月上旬も1週間程度、大学に出勤しなければならなくなった。
(3)入試日程との関係で、後期の授業期間をできるだけ早めの授業開始によって、1月の前半くらいで終わらせたいと考えた。このため、後期の授業開始日が例年より10日近く早まって、9月上旬になった。
(4)9月上旬に後期開始日が早まったおかげで、後期の準備関係の会合等が8月下旬にずれ込む見込みである。
という、4つの理由からです。
結局、こうやって、大学教員の夏休みが少なくなり、だんだん、民間企業のサラリーマン並みに近づいてきています。
これではたして、後期からいい授業ができるだろうか・・・・?
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by gogo0618 | 2007-07-30 20:59 | 私の意見
ほんとうに「たまらないなぁ」とこのごろ思うのは、教員の授業負担軽減のためにカリキュラム改革案を考え始めたら、そのために会議が増えてしまい、夜、家になかなか帰れなくなってしまったこと。
今、めいっぱい専任教員に授業を負担させているので、教員の都合がみんなそろう時間帯を考えると夜しかなく、夜6時以降に会議を始めれば、順調にいっても毎回の会議に2時間くらいかかると考えると、8時前終了がいいところ。ちょっと中身でもめたら長くなるわけで・・・・。
ちなみに、私は片道の通勤に2時間弱かかる人なので、夜8時に会議が終わって家に帰れば10時過ぎ。
こういうときは夜10時に家に戻って夕食をとるのだが、翌朝1限の授業のために朝7時に家を出ることを考えると、睡眠時間を十分に確保したければ、夕食後すぐに寝なければいけなくなる。
とすれば、夕食時にとった栄養分は消費されることなく体内に蓄積されるわけで・・・・。
その結果、夜の会議が増えれば増えるほど、私の体型は肥満体になっていく、ということである。
そのくせ、大学のほうからは「個人の健康管理」にやかましくなり、健康診断の結果で「メタボリック症候群」の疑いが強ければ強いほど、大学と提携している医療機関からやかましく「やせろ」だの「運動しろ」だの「食事を制限しろ」だの「生活習慣を見直せ」だの言ってくる。
冗談じゃない、私のカラダを太らせていくのは、この勤務体制なのである。
私を肥満体にしていくのは、往復で4時間近い通勤時間と、夜遅くまでの会議という、この生活習慣なのである。
本気で私のような教職員の「メタボリック症候群」をなんとかしたければ、まず医療機関が「夜の会議をやめろ」ということだろう、といいたい。
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by gogo0618 | 2007-07-23 11:16 | 私の意見